アメリカ・イリノイ州とニューヨーク・ワシントンの旅

(H14.9.12〜27)

アメリカ・イリノイ州へ娘夫婦を尋ね、その後ナイアガラの滝、ニューヨーク、ワシントンとまわってきました。テロから1周年を迎えたアメリカはどこも厳重な警戒でしたが大国アメリカの生活を体験し、その一部を見ることができました。

9月12日  福岡から成田経由でシカゴへ

唐津経由で福岡へ、いつもの様に駐車場に車を預け福岡空港国内線へ。「あの人見たことがある」と妻が言うので良く見るとプロ野球横浜ベイスターズの森監督ではないか、大柄な男達と東京行きの便に乗って行った。2週間後に解任されると知ってか知らずにか?西武ライオンズ時代は大分楽しませてくれたのに。

12:55発全日空で成田空港へ、成田16:35発ユナイテッド航空でシカゴへ向かう。ユナイテッドは相変わらず高齢化が進んでおりジェシカおばさん?みたいなスチュワーデスさんが頑張っている。アラスカ、カナダの湿地帯上空を通り五大湖の1つミシガン湖西岸にあるアメリカ第3の都市
シカゴのオヘア空港に着いたのは現地時間12日の13:00、日本との時差は14時間なので約10時間30分の空の旅、意外と早かった。

緑の入国カードと税関申告書を提出し入国完了。空港から近郊列車でシカゴの街中へ行くが、相変わらずチケットの自動販売機にはてこずった。同じようで少しづつ違うのだ。駅から恐々タクシーをひろい今日のホテルベストウエスタンへ。

シカゴはアメリカ摩天楼の発祥の地、休憩後シカゴ第三の高層ビルジョンハンコックセンターの展望室へ、そこからは世界第二の高層ビルシアーズタワーなどの夜景が素晴らしかった。夕食は地下にあるレストランでサンドイッチとタイヌードルを注文、量の多いこと多いこと。隣の女性グループはあっという間に料理をたいらげ、またケーキを注文している。アメリカ人は良く食べる肥えるわけだ。こちらは残りをテークアウトして明日の朝食となった。

9月13日  シカゴ見学とイリノイ州シャンペイン・アーバナへ

チェックアウト後荷物を預け町の散策へ。シカゴは町全体が建築物のギャラリーとなっている。ビルの谷間を歩いてシアーズタワーへ、もう入場待ちの列ができている。荷物検査後エレベーターで103階の展望室へ。マレーシアのツインビルに世界一の座を譲り、現在は第二位の高層ビルである。360°のパノラマの素晴らしい景色が広がっている。東にミシガン湖まるで海だ。そして摩天楼が目前に見えている。

鉄道アムトラックのシカゴユニオン駅で日本から予約していたチケットをクレジットカードで自動券売機から取り出す。心配したが簡単なものだった。その後も感じるのだがアメリカの情報化・カード社会化は進んでいる。

ホテルへ帰り荷物をとってタクシーで再びユニオン駅へ。今日の移動はアメリカで初めて乗る鉄道アムトラックだ。シカゴユニオン駅を中心に鉄道網が各地へ延びている。駅舎はどっしりとしてまるでヨーロッパの大聖堂のようだ。映画「アンタッチャブル」でカポネ一味とエリオットネスとの対決シーンが撮影された階段と待合室を見学する。出発15分前にゲートが発表され乗客はそれからホームへ降りていく。飛行機と同じだ。定刻4時にアナウンスも無く静かに動き出す。

最初だけかと思ったら途中停車駅も次の駅も全然案内が無い。スピーカーが切れていたのか。我々は不安でおちおち眠れもしない。シカゴからしばらく行くとすぐ一面のトウモロコシ畑となった。イリノイ州は平原州とも言われ大穀倉地帯なのだ。どこまでもどこまでも畑が続いている。果たしてこの先に町はあるのだろうかと思いながら約3時間列車に揺られていると町が見えてきた。

イリノイ大学の町
シャンペイン・アーバナへ定刻に到着した。娘夫婦が駅まで迎えに来てくれており久しぶりの再会を喜んだ。夕食はこの町の数少ない日本食を出している店MIKOに案内してもらい、日本、タイ、韓国料理をご馳走になる。それから車で大学のファミリー住宅へ、木々に囲まれた静かな所だ。