・3月11日(金) リオデジャネイロからサンパウロへ

今日はリオデジャネイロから
サンパウロへ移動します。朝からテレビをつけて驚きました。CNNニュースでTokyo! Tokyo!と言っているではありませんか。津波が押し寄せている映像や石油タンクが燃えている映像が何回も映されています。最初は映画ではと思うほどすごい映像でとてもショックを受けました。

東京の子供達に電話しても全然つながりません。携帯へメールすると長男からだけ無事だと返事が帰ってきました。長女と二男は?・・・とても心配です。

とりあえずサンパウロへ移動する為タクシーで長距離バスセンターへ。途中カーニバルが行われた会場サンボドロモのすぐ横を通りました。

8:30出発、町を抜けるとバスは高原地帯へ丁度九州の阿蘇高原を走っているように感じました。南米では長距離バスが良く使われますが座席もゆったりして乗り心地も良かったです。

途中30分の食事休憩を取り2時過ぎにサンパウロの
チェテ長距離バスターミナルへ到着。約6時間のバスの旅もそう長くは感じませんでした。

ここからタクシーでホテルへ。旧市街セントロにある
ヘブプリカ広場近くのリアル・カスチーリャホテルへ無事にチェックインしました。

テレビニュースでは日本の地震と津波が何回となく流されています。長男からのメールで長女そして二男の無事が確認されてひとまずホッとしましたが、日本の惨状には心が痛みました。

二男は国会近くから明大前まで歩いて帰ったそうです。後日お便りいただいた東京のMさんも3時間以上歩いて帰られたそうで皆さん大変だったんですね。

・3月12日(土) サンパウロ市内観光

朝からテレビでカーニバルの優勝チームVAI VAIのパレードが放送されていました。リオのカーニバル優勝チームはここだったのかと思い込んでいたところ、後でこれは
サンパウロのカーニバルですよと言う話を聞いてビックリ、サンパウロのカーニバルもすごいですね。

サンパウロのカーニバル 優勝はVAI VAIチーム

今日は市内を見てまわりますが情報によるとあまり治安は良くないとのことでパスポートや現金、ビデオカメラなど貴重品はホテルへ置いて出かけます。財布の中も最低限のお金だけです。

歩いてセー広場へ向かいますが途中道路に寝そべる人がいるなど少し危険な感じです。
セー広場は東西に走る地下鉄の交差点にあたり東京の日本橋のようにサンパウロの方位起点にもなっています。

セー広場とカテドラル・メトロポリターナ サンパウロの方位起点マルコ・ゼロ

すぐ隣にあるカテドラル・メトロポリターナへ。20世紀半ば完成した二つの尖塔を持つ大きな教会で内部のブラジル史を描いたステンドグラスがとても綺麗でした。

カテドラル・メトロポリターナ ブラジル史を描いたステンドグラス

次に歩いてすぐの所にある東洋人街へ。ちょうちん型の街灯が続き赤い大鳥居も建っています。その近くの橋は大阪橋と呼ばれサンパウロが大阪市と姉妹都市になった記念に命名されたそうです。日本語の看板が目立ち日本にいるみたいです。隣の通りには三重県橋もありました。

日本移民の歴史や生活などを展示した
ブラジル日本移民資料館は午後1時開館という事で残念ながら見れませんでした。

メーンの隣の通りにある三重県橋 メーン通りに鳥居や日本庭園が

地下鉄でサン・ベント聖堂へ。開拓者達の祈りの教会として歴史を持っています。どう言うわけか中に入ることが出来ませんでした。

サン・ベント聖堂

周辺の商店街は週末でもあり多くの人で賑わっていました。

・3月13日(日) 日本からの移民が最初に上陸した町サントスへ

今日は甥のお嫁さん親子と一緒にサンパウロから南へ75kmにある
サントスへ行きます。日本からの移民船「笠戸丸」が初めて到着し、移民たちが初めてブラジルの土を踏んだ所でコーヒーなどの輸出で栄えた港町です。

チャーターしたタクシーでホテルまで迎えに来ていただきました。運転手の小林さんは日系の方で日本語も話されます。

約1時間で到着、今日は日曜日なのでお店は全て閉まっています。先ずケーブルカーで
モンチ・セハーの丘へ登りました。ここからはサントスの港や湾が良く見えています。

ケーブルカー サントスの港

次に旧コーヒー取引所へ。歴史を感じるこの建物でブラジル中から集められた出荷用コーヒーの選別と取引が行われていました。

旧コーヒー取引所 当時のコーヒー取引所

1階にはコーヒーの取引が行われた部屋がそのまま残っており2階はコーヒーに関する博物館になっています。売店では各種コーヒーが売られておりカフェでは本場のコーヒーを飲むことが出来ました。

コーヒーの取引が行われた部屋 日本移民の写真も

昼食は海鮮料理のお店へ。木のハンマーで割って食べるカニ料理とても美味しかったです。

海鮮料理のお店 木のハンマーで割って食べます

次にボケロン海岸へ。最近サンパウロのリゾート地として人気があるらしくビーチはとても賑わっています。またここには日系移民ブラジル上陸記念碑が建てられていました。

サントスのビーチ 日系移民ブラジル上陸記念碑

サンパウロへ戻り甥のアパートへ。ホテルがあるセントロ地区とは全く違う雰囲気で高層アパートが林立しています。さすがに治安上周囲には柵がめぐらされ入口にはガードマンが警備していました。

夕食は
ブラジル名物シュハスコを食べに連れて行ってくれました。かなり大きな店で次々にテーブルへ焼いた肉の塊を持ってきて好きな肉を皿へ切ってくれます。最後には大盛り?のデザートそして厨房も見学させてもらいました。とても美味しかったです。

タクシーでホテルまで送ってもらいましたがその途中は多くの若者がたむろしたり浮浪者も沢山見かけてとても恐い感じで夜の外出はとても出来ません。ホテルでは深夜女性の悲鳴が聞こえるなどとてもセントロ地区の夜は危険ですね。

シュハスコ料理 テーブルで切ってくれます


・3月14日(月) サンパウロ最終日

明日早朝空港へ行くためホテル近くヘプブリカ広場の一角にある空港行きのバス乗り場を確認する。安全に行けるかな?

今日はサンパウロ最終日お土産も少し買いたいのでセー広場まで商店街を歩く。東洋人街入口の地下鉄駅広場にある青空市や銀行や官庁が集まる
パウリスタ大通りそしてヨーロッパ調のモダンな店が集まるオスカール・フレイレ通りを散策しました。

・3月15日(火) サンパウロからアマゾン観光のゲートシティ・マナウスへ

昨日確認しておいた安全ルートでこわごわバス乗り場へ。6:40出発のバスは約40分で空港へ到着する。ブラジル国内は
TAMを航空利用するが、日本の旅行代理店で購入していたEチケットでスムーズにチェックイン出来ました。国内線のバッグの重量制限を心配してバッグの荷物は出来るだけ少なくしていたので無事に通過して安心する。

9:30出発約4時間の飛行でマナウス空港に到着。タクシーでホテルへ。ホテルはモダンなお店や小さなお店そして露店がひしめくセントロにあります。

ブラジル国内はTAM航空 セントロの商店街

アマゾナス劇場近くの旅行代理店で明日からの一泊二日のジャングルツアーを予約する。ツアー料金も泊まるジャングルロッジの中身で違ってきます。

アマゾナス劇場をツアーで見学。ゴムで大儲けしたヨーロッパからの移住者が19世紀末にパリのオペラ座を模して造ったイタリア・ルネッサンス様式のオペラハウスで内装も外観も豪華な建物でした。

アマゾナス劇場 豪華な劇場内

マナウスは人口100万を越える大都会で日本人移民の主要な入植地のひとつでもあり多くの日系企業が進出しています。赤道近くでとても暑いです。

・3月16日(水) ジャングルツアー

朝8:00ガイドの
ムサンティン君がタクシーでホテルまで迎えに来てくれました。ツアー会社に大きな荷物を預けていよいよジャングルツアーへ出発、英国人の飛行機が遅れたため二人だけです。

出発早々タクシーのタイヤがパンクするハプニングがありましたが
アマゾン河の港に到着。魚市場でアマゾンの珍しい魚を見学しました。ピラニアも売られていました。

アマゾン河の珍しい魚 アマゾン河を渡ります

高速ボートでアマゾン河を渡ります。河とは思えないほどとにかく広いです。丁度ここはネグロ川とソリモインス川の合流点でここからアマゾン河という名前が始まります。

途中で河の色が明らかにふたつに分かれています。両河川の比重や流速の違いで水が混ざり合わないそうです。

高速ボートで渡ります 合流点水が混ざりません

対岸の港から今度は車で陸路を走ります。ここら辺は開発が進み木が伐採され牧場になっておりジャングルではありません。途中でまたボートに乗り換えて川をさかのぼり川沿いのロッジへ到着しました。

ジャングルロッジ ロッジで飼っているサル

昼食を済ませ14:00からピラニア釣りに出かけました。更に上流へ行き茂みの中にボートを止めて釣り開始です。昔子供の頃見た映画で牛が川に落ちそれにピラニアが群がり食べるシーンをはっきり覚えています。ボートから落ちたら大変だ!

木の竿に糸をつけ餌はチキンの皮です。コツッとは来るのですがなかなか釣れません。さすがにガイドさんはよく釣れています。場所を変えてやっと私にも釣れました。

肉食魚ピラニアの鋭い歯 やっと釣れました

この周辺ではピンクのイルカが生息しているそうでエンジンを止めて静かにしてしばらく待ちます。するとすぐ近くをピンクのイルカが泳いでいます。しばらくして見えなくなりましたがとても珍しいそうです。

夕食後暗くなって
クロコダイルのハンティングへ。暗闇の中ボートは繁みへ分け入り静かに進みます。ボートの先端にはガイドのムサンティン君が懐中電灯と捕獲の道具を持って前方を注視しています。何でも懐中電灯の明かりにクロコダイルの目が光るそうです。とても恐いですね。

何回か発見し迫りますが大きな波音をたて逃げてしまったようです。結局諦めてロッジへ戻りましたが他のガイドさんが捕獲したクロコダイルを見せていただきました。抱いて一緒に写真を撮りましたがしっかりと口が結んでありましたので安心でした。

クロコダイルと 懐中電灯に目が光ります

・3月17日(木) ジャングルツアー二日目

朝6時からボートで
サンライズを見に行きました。雲の合間に太陽が現れ川の水もに光って見えとてもロマンチックでした。

サンライズ ガイドのムサンチン君と

朝食を済ませ8:00からジャングルトレッキングです。ボートで上流へ。途中木の上にナマケモノを一匹発見しました。木の実を食べているようです。

上流へ ナマケモノが木に

現地人の家を見学してジャングルに入っていきました。とても蒸し暑いです。先ずゴムの木に刃物で傷を入れると白い液が染み出てくる。天然ゴムだ。

ゴムの木 ジャングルを歩く

更に奥へと入っていく。何の木か忘れましたがマラリアの薬になる木も・・・。途中ガイドの足が止まり何か発見したらしい。なんとアマゾンの毒蛇コブラがいるではないか。ガイドさんが私のカメラで撮影。その後ルートの外へ追いやる。

今度は木の根っこにある穴の中に自分の唾液をつけたヤシの枝を入れると
毒蜘蛛タランチェラが出てきました。

毒蛇アマゾンコブラ 毒蜘蛛タランチェラ

途中ガイドさんが急げと言う。下を見ると足元には小さな蟻の大群が・・・。走れ走れでやっと抜け出しました。無事に約2時間のトレッキングは終わりましたが後から考えるとチョッと恐いですね。珍しい体験でしたが。

ロッジで最後の昼食、昨日釣ったピラニアの唐揚げが出ましたが美味しかったです。沖縄や東京から3人の日本人の方達が新しく来ておられました。

私が釣ったピラニアの唐揚げ 日本人で

14:00ロッジにお別れしてデンマークからの家族と一緒にアマゾン河を再び渡る。マナウスの事務所で初めて日本語ニュースを見ましたが、地震と津波被害の大きさに心が痛みました。

その後空港まで送ってもらいました。深夜の飛行機でサンパウロを経由してイグアスの滝へ向かいます。