・3月31日(木)  ブエノスアイレス1日目セントロ歴史地区とボカ地区

ホテルは7月9日大通りと5月大通りの交差点近くにあります。今日は
ブエノスアイレス観光の初日、先ずセントロの歴史地区を歩いてみる。5月大通りを歩いて国会議事堂へ。

市内最古の大通りで周辺には植民地時代の面影を残す建物が多く、約1500mの大通りの一方の終点が国会議事堂です。

広場には噴水と1914年7月9日の独立記念日に完成した
コンドルと天使の記念碑がありその後ろに青銅のドームが美しい国会議事堂が見えています。

再び5月大通りを逆方向に歩くと7月9日大通りへ出ます。この通りの広いこと広いこと!片側車線が9車線もあり両側にはアルゼンチンの木
ジャカランタの並木が続いています。オベリスクが通りの中央に建っています。ここを横断しますがとても1回の信号では渡りきれません。

独立記念碑と国会議事堂 広い7月9日大通り

更に歩いてもう一方の終点5月広場へ。ことあるごとに歴史の中心となった広場でブエノスアイレスはこの広場から始まりました。広場を囲むように大統領府や大聖堂が建っています。

5月広場と5月の塔 大統領府(カサ・ロサーダ・ピンクの家)

珍しいピンク色の大統領府(カサ・ロサーダ・ピンクの家)では丁度衛兵が並び外国からのお客さんを迎えていました。次に大聖堂を見学。ここには南米開放の父マルティン将軍の柩が安置してあります。

お客を迎える大統領府の衛兵 大聖堂

市内観光の足として観光ポイントを周遊する二階建てのブエノスアイレスバスを利用するため48時間パスを購入。5月広場近くのバス停から乗車し日本語の案内を聞きながら最初にボカ地区へ。

市内観光はブエノスアイレスバス ボカ地区・カミニート

アルゼンチン随一の港であったボカ地区には夢を求めて多くの移民がやってきました。多くの労働者が集まる酒場の片隅であの官能的なアルゼンチンタンゴは生まれたのです。

カミニートといわれる通りを歩くとカラフルに塗られた家々が並んでいます。世界的に有名な画家キンケラ・マルティンのアイデアで始まったそうです。

またレストランではアルゼンチンタンゴが踊られています。お客と一緒に写真をとるマラドーナのそっくりさんもいました。

カミニートのカラフルな家々 レストランではタンゴが

近くにはイタリア系移民で結成された南米屈指のサッカークラブ「ボカ・ジュニアーズ」の本拠地ボカ・ジュニアーズ・スタジアムもあります。

ボカ・ジュニアーズ・スタジアム

その後バスに乗車したまま日本語ガイドを聞きながらルートを一周。広い道路と公園、道路沿いに続くジャカランタの並木には花のピークは過ぎているようですが青い花が咲いています。初日でブエノスアイレスの広さを実感しました。

広い道路と公園 ジャカランタの花

・4月1日(金)  ブエノスアイレス2日目エビータ博物館とアルゼンチンタンゴショー 

今日は最初に
エビータ博物館へ。5月広場近くのバス停から9時発のブエノスアイレスバスに乗る。昨日見た国会議事堂やボカ地区そしてニュータウンのウォーターフロント地区、レティーロ地区を通りパレルモ地区へ。

大統領府横にあるコロンブスの像 国会議事堂

パレルモ地区は動物園、植物園などがあり広大な公園が広がっている。日本人移民が市民に感謝して寄贈した日本庭園もありその近くで下車。日本庭園へ行くコロンビア人の親子と一緒になる。外国のお客さんに人気があるようです。

外から見る日本庭園

エビータ博物館は女優から大統領夫人となり33才の若さで病に倒れたエバ・ペロンの没後50年を記念して開館し、国民に愛された彼女の波乱に富んだ生涯をゆかりの品々や写真で紹介しています。

エバ・ペロン エバ・ペロン

ペロン大統領よりも国民に人気があったかもしれませんね。葬儀は多くの群集で埋め尽くされました。

ペロン大統領夫妻 エバ・ペロンの葬儀・国会議事堂前

再びバスで7月9日大通りへ戻りコロン劇場見学へ。イタリア・ミラノのスカラ座に次ぐ世界第二の大きさでパリのオペラ座と合わせて世界三大劇場と言われています。

見学ツアーに参加。ルネッサンス様式の劇場は昨年見学したパリのオペラ座にも負けない豪華なつくりです。舞台では次回公演に出演する男性の歌の練習が丁度行われており、しばし素晴らしい歌声を聴くことが出来ました。

良く分かりませんが有名な方なんでしょう。玄関にいたテレビカメラなど多くの報道陣と関係が?残念ですが劇場内は撮影禁止でした。

コロン劇場 劇場のロビー

5月広場近くのブエノスアイレス一番の繁華街フロリダ通りを歩く。この通りにはブティック、レストラン、カフェなど多くの店が並び、また路上では民芸品などを売る人たちも出てとても賑わっていました。

一番の繁華街フロリダ通り

今夜はホテルで予約していたアルゼンチンタンゴショーを見に行きます。夜9:00にホテルでピックアップ。ショーを行っている所はいくつかあるようですが今回はボカ地区にある伝統あるセニョールタンゴです。

マイクロバスでお客を拾いながら劇場へ。既に何台ものバスが到着し3階建ての客席にはすでにディナー付きのお客さんが前方に座っていました。こちらも1階のいい席でした。

タンゴの演奏 官能的で激しいダンス

ショーは先住民と征服者がいきなり馬に乗って登場そして国旗が出てアルゼンチン国家建設のストーリーで始まります。ダンスは官能的で甘く、複雑でスピード感あるステップ、時には激しく女性を持ち上げたり逆さにしたり・・・。

またバンドレオンの競演によるタンゴ演奏や歌も素晴らしかったです。10時に始まったショーが終わったのはもう午前1時、初めて見るタンゴショーを堪能しました。

実は写真撮影は禁止で途中注意されました。

アルゼンチンタンゴ フィナーレです


・4月2日(土)  ブエノスアイレス3日目ウォーターフロント地区とサン・マルティン広場

9:00発のブエノスアイレスバスで先ず新しいウォーターフロントの
プエルト・マデーロ地区へ。昔のドックや倉庫を再開発してオフィスやレストランなどが造られお洒落な町になっています。周辺には高層ビルや住宅も建っています。

海軍の練習帆船が博物館として使われています。まだ時間が早いので町は動き始めてはいませんでした。

新しいウォーターフロント地区 ウルグアイ海防館博物館

次に長距離バスターミナルや鉄道駅があるブエノスアイレスの玄関口レティーロ地区へ。サン・マルティン広場前でバスを降りると広場では何か行事があっている。

今日4月2日は
マルビナス戦争における戦没者の日で慰霊祭が実施されているのです。日本ではイギリスとのフォークランド諸島の領有権を争ったフォークランド紛争で報道されていました。

各時代の軍服を着た兵隊さん達や関係者が集まり慰霊の式典が行われていました。

マルビナス戦争の慰霊碑 兵隊さんたち

公園にはアルゼンチン開放の父サン・マルティン将軍の騎馬像が建っています。道路を挟んで反対側にはアルゼンチン独立100周年を記念してイギリスから贈られたロンドンのビッグベンを模した高さ70mの英国塔がありますが戦争当時標的になりかなり壊されたそうです。

サン・マルティン将軍の騎馬像 ロンドンのビッグベンと同じ音色の鐘を鳴らす英国塔

またすぐ隣にはクラシックな建物のレティーロ駅がありますが、国営化後手入れが行き届かず現在はほとんど廃線となっており寂しい駅でした。

5月通りにあり1858年に創設された市内最古の
カフェ・トルトーニには行列が出来ていました。多くの有名人に愛された人気カフェだそうです。

クラシックなレティート駅 市内で最古のカフェ・トルトーニ


・4月3日(日)  ブエノスアイレス最終日夜行便でヒューストンへ

土曜日曜はほとんどのお店が閉まっていますが
ドレーゴ広場骨董品市が開かれていると言うことで行って見ました。生憎小雨が降る中を5月広場からドレーゴ広場へ通じる約2Kmの通りの両側には多くの露店が並び革製品や手製のアクセサリーなどを売っていました。

途中にある
サント・ドミンゴ教会では1807年教会に立てこもったイギリス軍と植民地政府軍の戦いが行われました。その時の弾痕が教会の左側塔に残っています。

露店が並んでいます サント・ドミンゴ教会・左の塔に弾痕

ドレーゴ広場には骨董品の露店が並び周辺の通りではパフォーマンスをする大道芸人で賑わっていました。

骨董品市 大道芸人

次にピンクの家大統領府の見学ツアーへ参加。ロビーにはキューバ革命で有名なチェ・ゲバラの写真が、彼はアルゼンチン生まれなんですね。演説を行うエバ・ペロンの写真も・・・。

ロビーにはチェ・ゲバラの写真が 演説をするエビータ・大統領夫人ペロン

豪華な記者会見の間や大統領執務室まで見ることが出来ました。

記者会見の間 大統領執務室まで見れました

演説などが行われたベランダからは大群衆を集めた5月広場が一望できます。マラドーナがいたアルゼンチンサッカーチームがワールドカップで優勝したときもここに立ち4万人以上の人々が祝福したそうです。

ベランダから見る5月広場 ピンクの大統領府

夕方タクシーで空港へ。チェックイン時のコンチネンタル航空は今までに経験したことのない厳重なチェックが行われました。21:45予定通り離陸、これで南米ともお別れです。

明日からは今回の南米旅行の付録
イチロー選手を応援する旅が途中降機地のアメリカ・ヒューストンから始まります。